ENIAC

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人工知能の誕生:ダートマス会議

1956年の夏、アメリカ合衆国北東部に位置するニューハンプシャー州ハノーバーのダートマス大学で、後世に語り継がれる重要な会議が開かれました。主催者は、当時まだ若手研究者であったジョン・マッカーシー氏。テーマは、「人工知能」でした。この会議は、世界で初めて「人工知能」をテーマに掲げた学術会議として、歴史に名を刻むことになります。しばしば「ダートマス会議」と略称されることもありますが、正式名称は「ダートマス夏季人工知能研究会」といい、わずか2ヶ月という短い期間で開催されました。 この会議には、のちに人工知能研究の分野で世界的な権威となる錚々たる顔ぶれが集まりました。情報理論の創始者として知られるクロード・シャノン、コンピュータチェスプログラムの先駆者であるアーサー・サミュエル、万能記号言語の開発者として知られるアレン・ニューウェル、そして経済学や心理学など幅広い分野で活躍したハーバート・サイモンなど、そうそうたるメンバーです。 彼らは、会議の期間中、人工知能の可能性と課題について熱心に議論を交わしました。そして、「学習」「推論」「問題解決」といった人間の知的能力を機械で実現するという壮大な目標を掲げ、互いに協力して研究を進めていくことを誓い合ったのです。この会議は、単に人工知能という新しい研究分野を確立するだけでなく、その後のコンピュータ科学や情報技術全体の発展に計り知れない影響を与えることになりました。
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計算機時代の幕開け:エニアック

1946年、アメリカで誕生したエニアックは、世界で初めて実用化された電子計算機として歴史に名を刻みました。その姿はまさに圧巻で、高さが約2.4メートル、幅は約30メートルにも及ぶ巨大なものでした。その重量たるや、なんと30トンを超え、当時の一般的な家屋と比べても遜色ないほどの大きさだったと言われています。この巨体に搭載されていたのは、1万8000本以上にも及ぶ真空管でした。真空管は、当時の最先端技術を駆使して作られた電子部品であり、エニアックの頭脳として複雑な計算を可能にしました。開発には莫大な費用と時間が費やされましたが、エニアックの誕生は、その後のコンピューター技術の発展に計り知れない影響を与えることになります。現代社会において、コンピューターは日常生活に欠かせないものとなっていますが、その礎を築いたのは、まぎれもなくこのエニアックだと言えるでしょう。